当ページは「小松義邦コラム/埼玉県宮代町の八百比丘尼伝説の現代語訳 を作ってみました」の関連ページです。

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「百間」が登場する八百比丘尼伝説~『埼玉県伝説集成』

◆『埼玉県伝説集成』(韮塚一三郎編著・1973~1977・北辰図書出版)
上中下のうちの中巻・歴史編(1973)の613頁~631頁に埼玉各地の八百比丘尼伝説を掲載。
682頁に、「百間」が登場する下記の掲載がある。

八百比丘尼を祀った堂  南埼玉郡宮代町百間中字天沼

昔、若狭国から一人の比丘尼が天沼に来た。魚を食物とし、一年中着物を着ていなかった。顔美しく、髪はいくつになっても真っ黒で、八百年生きたから八百比丘尼といった。今も天沼に祀ってある。(『郷土研究資料』第二輯)

この堂は現在は跡方もない。しかし土地では昔、八百比丘尼がこの地に来たことを今も語り伝えている。(話者:南埼玉郡宮代町百間中 小島実五郎氏)

「百間」が登場する八百比丘尼伝説~『岩槻市史』

◆『岩槻市史 民族資料編』(1984)には「黒谷」地域に残る八百比丘尼の物語が掲載されていて、「百間」が登場する。変則的な掲載で「本文」と「元史料」のような形になっている。
…………
◇元史料のような掲載のもの
・昭和ニ年(1927年)十月一日発行の「埼玉正論」からの掲載、と記されていて
・資料提供者として、埼玉の伝説の第一人者の韮塚一三郎氏の名前がある
・冒頭に「田中重治(黒谷、大正七年生)」との記載がある。田中重治氏が語った話ということだろう。
「南埼玉郡和土村大字黒谷字貝塚の伝説に、八百比丘尼の事と伝えて居る。この地は古は漁村であって」で始まる。百間と同様、海だったという設定だ。
そこに船で来て一泊した漁師の目の前で猫がねずみを捕らえて喰ったため、宿の主人に「珍しいことだ。若狭では普通ねずみが猫を捕らえて食う」と伝えたところ、そんなはずはない!と激論となり、若狭からねずみを持ってきて試すことになった。主人がもし漁師の言う通りならなんでもすると言い、漁師が娘を妻にほしいと希望。翌年ねずみを持ってきて猫と戦わせたところ、ねずみが猫を喰い殺したので、娘は漁師の妻として若狭に嫁いだ。その祝宴で人魚の肉を食べたため、八百年を経ても十七歳の娘の姿で、後年黒谷に帰って来て、「その後、百間村で没したと伝えられている」とある。
…………
◇本文(上記の前に記載されている)
「かつて、この黒谷の周囲は海であって」で始まる。
舟着場に出入りする若狭の生まれの漁師が「娘に人魚を食べさせたので八百歳も長生きした。現在の田中義一氏屋敷が、この八百比丘尼が住んでいたところだという」となっていて、「また、この辺りは貝塚が多く、貝殻がいたるところに厚い層をなしているが、比丘尼が食べて捨てたともいう。」とある。
そして、「八百比丘尼は、ここに五〇年居て、百間西光院(現宮代町)に行った。しかし、(田中重治氏は)百間にある四ケ寺全部を訪ねたが、どの寺に比丘尼が来たのかついにわからなかった。最後は、やはり墓が若狭にあるのだから、そこでなくなったのであろう。」と終えている。
…………
この本文の記載は、
・「現在の田中義一氏屋敷」などの実名記載
・(大正七年生まれの)田中重治氏が百間の4つの寺を訪ねたが比丘尼の寺がわからなかった、という出所不明、かつ近年の情報の記載
・「墓が若狭にあるのだから、そこでなくなったのであろう」という、人物不明の書き手の乱暴な推論らしき記載
があって、昔からの言い伝えのまま記載されていないのが残念だ。
「田中重治」氏の語り内容である「百間村で亡くなった」が、言い伝えの末尾であろう。

『埼玉の伝説』(韮塚一三郎著・1955)

『埼玉の伝説』(韮塚一三郎著・1955・関東図書株式会社)では、
90篇のうちの1篇が「八百比丘尼」で、下記を短文で掲載している。

○北足立郡貝塚村(植えたという大きな松がある)
○北足立郡植水村水判土(植えたという榎の大木がある)
○秩父郡大渕村(村に生まれ奇異の尼と言われ、水を汲んだ井戸「お竜の井」や、墓がある)
○南埼玉郡和土村黒谷(よそから来て八百歳まで生きて越後へ行った死んだ。村の貝塚の貝殻はこの比丘尼が食べたもの)
○比企郡高坂村正代東崎観音(若狭から比丘尼が来て、自分の生涯八百年間の中で一番愉快だったのは、泥の海を舟に乗ってここに来たことだと語った)

上記の4つ目の「黒谷」の話は、貝塚の話があり、前項の黒谷の話と元は同じだと思われる。この書籍の著作者の韮崎一三郎氏は、前項で記載の通り、田中重治氏の語りが掲載された『埼玉正論』を『岩槻市史』作成時に資料提供した人物なのだ。なのになぜ、「百間村で没した」ではなく「越後へ行って死んだ」となっているのか。若狭でもなく。謎である。

その他の伝説集

下記にはいずれも、八百比丘尼伝説自体の掲載がないことがわかった。
◆『埼玉のむかし話』(埼玉県国語教育研究会編・1973・日本標準)
◆『埼玉の伝説』(埼玉の伝説刊行会/埼玉県国語教育研究会編・1979・日本標準)
◆『埼玉県の民話』(日本児童文学者協会編・1979・偕成社)
◆『埼玉の伝説とむかし話』(韮塚一三郎監修・埼玉県郷土の民話研究会編著・1982・光文書院)

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『埼玉県伝説集成』(韮塚一三郎編著)は以前に八百比丘尼の箇所の複製を作成したことがあり、今回改めて図書館で借りて目を通して調べた。
『岩槻市史』は、長男邦彦が宮代町郷土資料館に問い合わせたところ、学芸員のY様が調べてくださり、たどり着くことができ、閲覧できた。ありがとうございました。
『埼玉の伝説』(韮塚一三郎著)は電子書籍を入手し読むことができた。
後者4冊については長男邦彦が埼玉県の草加中央図書館にて調べたものである。

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