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皆川広照関連5冊目として2025年6月刊行
栃木市が誇る戦国武将といえば、皆川城の最後の城主「皆川広照」です。
関連冊子を4冊発行してきた小松義邦氏が、5冊目として2025年6月に発行したものが、『皆川広照、再起への道~幸嶋若狭大坂物語を読む』です。

読みどころ1 「幸嶋若狭大坂物語」の初の活字化・初の口語訳(=現代語訳)
読みどころのひとつは、『幸嶋若狭大坂物語』です。これは、皆川広照・隆庸父子が皆川家の再興を賭けて参加した「大阪の陣」の様子を、共に参加した、広照の重臣の幸島若狭(こうじまわかさ)が、戦地にて日々書き付けた戦いの記録です。
江戸時代以降、さまざまな史料や研究書で引用元とされてきながら、活字化されてこなかったその書の、初の口語訳(=現代語訳)です。
読みどころ2 前説と解題 皆川広照の失脚以降を鮮明に描写
それだけでも価値あるものですが、さらに小松義邦氏は、この書の解説として、「前説」「解題」を記述していて、そちらも大きな読みどころとなっています。
大阪の陣の理解を深めるための歴史的な流れについての解説とともに、広照・隆庸の失脚と失脚以降の様子、そして、大阪の陣での様子とその後が詳細に描かれているのです。
「まえがき」で小松義邦氏が書いているように、皆川広照の、皆川城主だった全盛期のころの姿はよく知られるところですが、家康の勘気を受けて失脚して以降について詳しく書かれた書はありません。
唯一、皆川家の子孫の皆川又太郎氏が非売品として昭和五十二年に作成した『皆川歴代記』があり、小松義邦氏が口語訳(=現代語訳)で発行しているのですが、「代々伝わる古文書を読み下し文として残したものであるため、口語訳で読みやすくはしたけれど、誰にでもわかりやすい内容・記述というわけではない」という状況です。
そうしたなかで、本書は、広照の失脚から再興、その後までを、わかりやすくまとめています。小松氏が「皆川家に関心をもたれる方への大きな贈り物として受けとっていただけるのではないかと思う」と書いた、まさにそういう書となっています。
「藩鑑(はんかがみ)」の皆川の部の口語訳(=現代語訳)も
なお、「藩鑑(はんかがみ)」という書の皆川の部も、小松義邦氏による口語訳(=現代語訳)が掲載されています。
カラー写真8枚を掲載
栃木市西方町の写真家・古澤悦夫氏(元西方町長)撮影によるカラー写真が、金剛寺所蔵の広照の鎧、幸島若狭の眠る幸島家の菩提寺「傑岑寺(けっしんじ)」の風景、等、8点掲載されています。

改訂版について
初回本を出して間もなく、より分かりやすく構成を組み替え、新しい情報も追記した「改訂版」が発行されました(初回本にあった「藩鑑」の原本・読み下し文はなくなっています)。当記事は、その改訂版に基づく内容になっています。
貴重な一冊
巻末記載の参考図書の多さからもわかるとおり、さまざまな書にかかれた内容を、小松氏が調査力と記憶力で縦横無尽に発見して引き出して、事柄と事柄を歴史的な観点から論理的につなげる力で、鮮やかに、当時の広照・隆庸父子の姿を描いていて、貴重な一冊となっています。
各章の概要
■前説
こちらの計10ページでは、皆川広照が徳川家康の勘気に触れて失脚したいきさつと、その後、名を「老圃斎」と改め、大坂の陣までの5年間、隆庸とともに「蟄居謹慎」した姿を記載しています。そして末尾で、『幸嶋若狭大坂物語』の概要を掲載しています。
◆大坂の陣410年記念の年
◆皆川広照の失脚(計5ページ)
◆皆川老圃斎と智積院(計2ページ)
◆『幸嶋若狭大坂物語』 (計2ページ)
■口語訳 幸嶋若狭大坂物語
本書の読みどころの一つ、「幸嶋若狭大坂物語」の初の口語訳(現代語訳)です。
原書の趣を残しての現代語訳となっています。
◆大坂冬の陣(計10ページ)
◆夏の陣の覚え(計11ページ)
◆大和口の様子聞書(計8ページ)

■口語訳 藩鑑 「皆川広照・隆庸の部」
『藩鑑』は、小松氏のまえがきによれば、「嘉永元年・1848に林復斎が幕府の命を受けてまとめたもので」「徳川氏の創業当初から第八代将軍吉宗の時代までの、約500大名の言行を採録したもの」です。
その「皆川」の部と「隆庸」の部の、小松氏による、初の口語訳(現代語訳)です。
◆小松氏の解説 計1ページ
◆皆川 計16ページ
◆隆庸 計2ページ
大坂夏の陣で広照が忠輝の陣中に参上して進言する姿の描写が、二か所で書かれていて、小松氏は片方が真実で、片方は真実ではないだろうとまえがきで述べています。その真実と思われる方の記述のところに、引用元として「幸嶋若狭大坂物語」の表記があり、「幸嶋若狭大坂物語」の口語訳(現代語訳)と同様の記載であることがわかります。
■解題 前半
大坂の陣に至る時代の流れと、冬の陣・夏の陣の全体像が、小松氏によりまとめられていて、計24ページあって詳しくわかります。
◆序
◆三人の英傑~信長・秀吉・家康~
◆関ヶ原の役から大坂の陣へ
◆大坂冬の陣、はじまる
◆冬の陣の講和(和睦)
◆夏の陣、はじまる
◆夏の陣のおわり
■解題 中ごろ
中ごろの3章で、小松氏が、大坂の陣での広照・隆庸の様子を、計13ページで記載。
「皆川歴代記」「皆川家臣帳」「幸嶋若狭大坂物語」などを引用しての記述となっています。
◆広照・隆庸の動き~冬の陣から夏の陣へ~
◆父子それぞれの陣借り先について
◆若江口での戦いと隆庸の奮戦
■解題 後半
そして「解題」の後半の4章で、大坂の陣以降の広照・隆庸が描かれます。
◆まだ来ない春(計6ページ)
大坂の陣が終わって何年経っても「赦免」の話が来ない様子と、その理由についての小松氏の考察が記載されています。「日本の戦記・大坂の役」「廃絶録」「恩永録」などからの引用を行いながらの記述となっています。
◆皆川家の再興(計3ページ)
皆川家再興となったいきさつなどが描かれています。
◆徳川秀忠・家光に信頼された広照父子 ~広照、御伽衆に抜擢される~(計8ページ)
あまり語られて来なかった「御伽衆(おとぎしゅう)」としての江戸城での広照の様子を、前述の書以外に「東国闘戦見聞私記」などからも引用しながら、温かく描いています。
◆その後の皆川家(計3ページ)
「皆川歴代記」「徳川十五代史」などの記述から、皆川家のその後が紹介されています。
■まとめ 幸嶋若狭の紡いだ物語(計2ページ)
大坂の陣から戻った幸嶋若狭とその後の幸嶋家について、そして、「幸嶋若狭大坂物語」について、記載しています。また、その後ろに「幸嶋家」について、その菩提寺である「傑岑寺」についての掲載もあります。
下野新聞 掲載記事

刊行情報
※「幸嶋若狭大坂物語」は、書名としては「幸島若狭大坂物語」と表記する場合もあるそうですが、この冊子では、書名は「嶋」の字を、人名は「島」の字を採用しています。
2025年6月(令和7年)
A5版
著者/小松義邦
発行/小松義邦
こちらの冊子は、栃木市の各図書館でご覧いただくことができます。
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在庫があるので、800円+送料210円でご購入いただけます。併せて下記もご購入可能です。
◆現代語訳 皆川一族 800円
◆皆川広照の小田原合戦 1000円
◆皆川広照、再起への道~幸嶋若狭大坂物語を読む~ 800円
◆皆川家臣帳(改訂版として2025.9再販) 600円
◆口語 皆川歴代記(改訂版として2025.8再販) 800円
◆現代語訳 別本 皆川正中録(2025.7再販) 1300円
◆復刻版 皆川広照伝 (残部僅少) 700円 ※皆川街づくり協議会発行冊子の取次販売
※郵送の場合、1冊につき送料210円です。
ご購入申し込み・お問い合わせはこちら
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。


























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