西方町の歴史・西方氏

祝 西方城址 国史跡指定!「中世を生きた西方氏」

「中世を生きた西方氏」は、小松義邦氏が編集・著作を行い、2024年(令和6年)7月に発行した冊子です。

西方城址が国史跡に指定されたことを機に、正史として「西方町史」に書かれている以外の西方氏の姿を、小松義邦氏が「今まで見てきたものをまとめてみました」と描いたものです。

●西方氏系図
栃木県立博物館所蔵の「宇都宮 西方系譜」から、西方氏の系図の部分を、小松義邦氏が口語文にしています。元祖景泰から十代景高までの紹介文です。

●中世を生きた西方氏
各種文献に掲載されている西方氏をめぐる出来事を、宇都宮氏の発祥~西方氏の発祥~西方城落城と、年代に沿って、小松義邦氏が解説を入れながら綴っています。多くの文献・書物にあたる探求心と調査力があり、どこに何が書かれていたかの記憶力が秀でている小松義邦氏ならではの、各文献での相違点などがわかる、貴重な内容となっています。

「西方遠江守烏丸殿居城之図(栃木県立文書館)」という西方城の地図についての詳細解説を掲載。
「西方氏の墓所」という項目を立てて、西方氏の墓所がどこにも発見されていないことについての小松氏の推論が書かれています。

その後には、下記が続きます。

●『年表 西方氏』/西方町史掲載の西方氏の年表に加筆

●『西方氏「先祖連牌」について』/九代景英が奉納したとされる西方町の実相寺の「先祖連牌」についての詳しい解説

●『西方城主の代数についての試算』/西方氏の「○代」について、宇都宮系譜と西方記録系図を併記しながら相違を明らかに

●『人名帳』/西方氏の入部から近世末までの記録に残った人々

※資料『西方記録の読み下し文』『西方軍記・巻三の口語訳』も。

冒頭10ページに、西方町の写真家・古澤悦夫氏(元西方町長)撮影の西方町の風景などのカラー写真があり、目を楽しませてくれます。

2024年(R06年)
B5版・180P
編集・著作/小松義邦
発行/小松義邦

こちらの冊子は、栃木市の各図書館でご覧いただくことができます。
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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

「炎の城 ― 西方城物語 ―」皆川正中録の時代がいきいきとよみがえる

2021年(令和3年)5月に小松義邦氏によって発行された「西方城物語 ― 炎の城 ―」を紹介します。

タイトルとなっている「炎の城」は、この地では有名な江戸時代の戦記物「皆川正中録」の「巻五」を題材に、西方町在住の福地正治氏が著した物語です。

1980年(昭和55年)1月から1982年(昭和57年)11月までの31回にわたって、西方町発行の「広報にしかた」に連載されたもので、福地氏のご快諾を得て、小松義邦氏が誤字・脱字の修正と若干の加筆・訂正を行い、復刻しました。

「皆川正中録」の「巻五」の「深程諏訪山城の攻防」のお話を、大胆にアレンジし、福地氏が「西方太郎左衛門」を主人公にして、その活躍の物語として描いています。

そして、第二部として、「皆川正中録」の「巻五」の上記の続きにあたる「真名子高谷城の落城、深沢布袋岡城の炎上」の口語意訳を、小松義邦氏が執筆しています。

そのあとには「城郭概観」のタイトルで、物語に登場する「西方城、真名子城、深程諏訪山城、布袋岡城、神楽岡城」の説明があり、西方町の写真家・古澤悦夫氏による、合戦の舞台となっている清瀬川原や各城址のカラー写真も挿入されています。

作者の福地正治氏は、西方村役場で複数の課の課長などを歴任されて1998年(平成10年)に退職された方で、公務の傍らに趣味として創作活動を行っていて、そのひとつがこの「炎の城」なのだそうです。

はるか昔に書かれた歴史物語「皆川正中録」の中の西方城をめぐるお話が、福地氏・小松氏により、読みやすく楽しめる歴史活劇となって復活したことは、とても幸せなことだと思います。2025年に国の史跡として指定された西方城址を、素敵に彩る物語です。

2021年6月(令和3年)
A5版・131P
著者/福地正治

編集・執筆/小松義邦
発行/西方南部地区コミュニティ推進協議会

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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

「物語 西方軍記・西方三代記」は、江戸時代に書かれたお話の口語訳です。楽しめる!

西方城の城主で現在の栃木市西方町のエリアを治めていた西方氏について、記録の上で分かっていることは西方町史などに詳しく掲載されていますが、いわゆる「生身」の西方氏について書かれた古文書は発見されていません。

ただ、小説(フィクション)ではありますが、江戸時代より西方・鹿沼などの上都賀地方に伝えられて写本として残っている、西方氏を主人公とする軍記ものがあります。「西方軍記」「西方三代記」の2つです。

これらを、小松義邦氏が、口語訳した上で、説明を入れ、読みやすく楽しめるものとしてまとめたものが、「物語 西方軍記・西方三代記」です。2020年(令和2年)に発行されました。

西方軍記は全何巻あったかは不明で、現存しているのが三巻だけ。西方三代記は現存するのが「乾の巻」だけで、昔は全二巻の場合「乾・坤」と呼ぶことが多かったそうです。

下の画像のように、現代の私たちが楽しめる物語になっています。

西方軍記の冒頭には、「おそらく幻の1巻や2巻でなされていたであろう戦国時代の説明」が、小松義邦氏により追記されています。また、「ことばあれこれ」「城跡探索(西方城、大宮城、榎本城)」など、当時がよくわかる内容も掲載されています。

2020年12月(令和02年)
A5版・131P
口語訳・執筆/小松義邦
発 行/西方南部地区コミュニティ推進協議会

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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

祝 西方城址 国の史跡指定!「西方町の地名と伝説の旅」(小松義邦氏・著)が楽しい

西方城址、国の史跡に指定 2024年10月

栃木県栃木市の西方町にある、「西方城址」が、2024年10月、国の史跡指定を受けました。

栃木市役所ホームページの記載によれば、「国の文化審議会は、令和6年6月24日開催の同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、『西方城跡』を国の史跡に指定するよう、文部科学大臣に答申し、令和6年10月11日の官報告示をもって正式に国指定史跡となりました。」とのことです。

『西方町の地名と伝説の旅』

これを祝い、小松義邦氏が、地元郷土史を研究する身として、多くの方々に「西方」の魅力をお届けすべく作成・新聞折込を行ったチラシの内容が下記です。
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祝・国の史跡指定!! 西方城址。
金井に国指定文化財の「鉄造薬師如来坐像」がありますので、このたび西方城が国の指定史跡となったことにより、狭い地域に二つもの国指定文化財を持つ街になります。この機会にふるさとの景色をあらためて見直してみませんか。
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そして、4冊の冊子を告知していて、そのメインとなるのが、『西方町の地名と伝説の旅』です。

小松義邦氏が多数の歴史資料からまとめあげました

本書は、元西方町長・古澤悦夫氏の祝辞から引用させていただくと、「郷土史研究家小松義邦さんが、西方郷各地の『地名の由来』や『伝説』を、古文書等の歴史資料から掘り起こし、まとめあげた」ものです。

48枚の写真を掲載

西方町の写真家でもある古澤氏撮影の48枚の写真の掲載もあり、古来からの風景を残している西方町の美しさを、存分に楽しむことができます。

多数の地名を掲載

地名については、下野国、栃木県、宇都宮、などの広い地名から、西方町内の郷の下にある字(あざ)名まで、丹念に掲載しています。目次を見ると、扱っている地名の多さがわかります。

知識と記憶と想像力

読み進めてみると、地名の由来はどこかに正解が書かれているわけではない、ということがわかります。たくさんの書物を調べて既存の諸説を扱いながら、小松氏が持つ知識と記憶と想像力を武器に、正解かもしれない「由来」へと手を伸ばす、という局面が多数あります。豊かな知的好奇心が翼を広げる風景。それがこの書の楽しさです。

町名である「西方町」の由来について、3つの通説「宇都宮の西にあるから説」「川の西にあるから説」「弥陀の霊境であることにちなむ説」を丁寧に検討していて、その過程で、現存のどの記録にも残されていない寺「阿弥陀山西方寺」の文字が刻まれた鰐口の話が出てきます。そこに「寺を訪れ、軒端に揺れるその鰐口を目にすることができた。江戸時代の風に触れた感激で、大森氏と手を取り合ったことが昨日のように思われる」との記載があります。著者の調査力と想像力と探求心の核にある情熱を、強く感じる一節です。

かっぱ伝説、近津神社の伝説、曽我兄弟の話など

かっぱ伝説や、「近津神社のあまり知られていない伝説」や、曽我兄弟のお話なども登場し、解説されていて、西方エリアの魅力を丁寧に網羅する一冊になっています。

下野新聞 掲載記事

刊行情報

2023年5月(令和5年)
B5版・223P
著者/小松義邦
発行/西方町南部地区コミュニティ推進協議会

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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

「栃木市西方町 金井・本郷の神社探訪」で地元の神社を知る

2019年4月発行の「栃木市西方町 金井・本郷の神社探訪」は、「西方南部地区コミュニティ推進協議会」が作成した冊子です。この協議会の文化部部長が小松義邦氏で、中心となって執筆しました。

金井・本郷は、西方町の南部にある字(あざ)の名称です。下野新聞の取材に対して小松義邦氏は、「神社建立の経緯を知る人は少なくなった。先祖から受け継いだ歴史を若い人に知ってもらいたい」と作成したと答えています。

下記について記載しています。

琴平神社、神塚の菅原神社(跡)、豊年神社、神明宮、金山神社、開水神社、金井新田の大杉神社、下宿の大杉神社、田谷の雷電神社、弥八内の雷電神社、二荒山神社、浅間神社、三十三度石、愛宕神社、下宿の菅原神社、二宮神社(跡)、三宮神社。

巻末の「参考図書」に33の書籍・論文が並んでいることからわかるように、豊富な知識と研究をベースに各神社について記している、丁寧な一冊です。地元の方でも、「この本を読んで初めて知った!」となることが多いのではないかと思います。

2019年(令和元年)
B5版・40P
著作/西方南部地区コミュニティ推進協議会 文化部
発行/西方南部地区コミュニティ推進協議会 文化部

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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

古来からの信仰・行事・生活が見えてくる「西方町の民俗」

「西方町の民俗」は、栃木市編入前の「西方町」が「西方町史」に続いて2011年(H23年)に発行したものです。

1974年(S49年)~1993年(H5年)の19年にわたり、丸山茂氏が「広報にしかた」に「郷土の歴史」のタイトルで掲載していた記事(214回)が底本になっていて、全記事の内の「通史」は『西方町史』に譲り、「社寺・信仰と伝説」「生活」をまとめ直したものです。丸山氏の後継者のご承諾を得て、西方町郷土史研究会が改稿しました。

ほとんどの記事が1~2ページなので、とても読みやすいです。全123項目あります。

●「社寺・信仰(53項目)」
地元の信仰の中心「近津神社」について、なかなか他では目にすることができない、神楽・獅子舞・剣道・七五三・節分祭・ご神木などについてのわかりやすい紹介が項目別であり、貴重です。各神社の紹介ほか、十九夜さま・庚申さまなどの昔の信仰や、禁忌と迷信などについての掲載があります。

●「伝説(14項目)」
「小倉川のかっぱ」「河童の恩返し」の2記事にて、小倉川のかっぱ伝説の成り立ちが解説されていて、とても面白いです。ほかにも、「竜(たつ)の頭(かしら)」や「星の宮のお化け」など、地元に古来あって今はもう知る人が少なくなったお話も掲載されています。

●「年中行事と生活(56項目)」
このカテゴリーの大半は、西方町限定ではない、「日本では昔から…」という普遍的な内容なので、西方町の方でなくても充分楽しめてためになる内容となっています。

丸山氏の執筆開始が1974年(昭和49年)であったからこそ、当時の高齢の方から聞けたお話もはいっているのではないかと思います。失われる前に文字化することができて、こうした冊子の形で残せたことは、とても意味があると思います。

巻末に「本書の編集にあたり次の図書を参考にしました」と、68点の参考図書が掲載されていますので、底本の丸山氏の記述をベースに、西方町郷土史研究会による丁寧な確認・修正・追記などが行われたことがわかります。

2011年(平成23年)
B5・257P
底本/丸山茂「郷土の歴史」(「広報にしかた」連載)
編集/西方町郷土史研究会
  資料:大森陽一
  史料:荒川哲男
  撮影:古澤悦夫
  口絵:中村良一
  改稿・執筆:小松義邦
発行/西方町(※栃木市併合前)

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なお、西方公民館 窓口にて、1000円にて販売しています。
※ご来訪が難しい場合は、下記からご連絡いただければ、代わりに購入して郵送いたします。
 その場合は、1000円+送料430円をゆうちょ口座宛にお振込みいただく形となります。
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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

「訳注 真名子十景に就いての卑見」は明治時代の手紙文

「訳注 真名子十景に就いての卑見」は、2003年(H15年)に、「西方町郷土史研究会」の編集で、西方町から発行されたものです。

「真名子十景に就いての卑見」は、明治時代に書かれた手紙文で、漢詩21首を書き溜めたノートともに、西方町真名子の洞雲寺の保管文書の中から、2001年(H13年)に住職・山内隆光氏により発見されたものです。手紙の書き手も宛先も、書かれた年月日も不明です。

「はじめに」から抜粋すると「郷土の先人たちが、当時の真名子村における風光明媚の地を、十景あるいは八景にまとめるための努力をした足跡の一端を、この冊子により知ることができます」。

明治時代の筆書きの手紙文は、近代古文書と呼ばれるほどの読みにくさで、西方町郷土史研究会が読解を行い、この冊子での発表となったそうです。

手紙文「……卑見」の現代語訳が冒頭に掲載されていて、その後ろに、漢詩21首から「真名子村八景」にちなんだ八首を選んだものに小松義邦氏が解説をつけています。

真名子在住の中村良一氏の手による真名子十景の水墨画が見事で、加えて1953・54年(S28・29年)の写真も数点掲載されていて、手紙文と漢詩で描かれている美しい風景が、見えてきます。

編集/西方町郷土史研究会
  古文書書き起こし:荒川哲男
  本文・概説執筆:小松義邦
  絵ハガキ・諸資料:大森陽一
発行/西方町教育委員会(※発行当時は、上都賀郡西方町)

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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

「伊勢参宮道中日記」から200年前が見えてきます

「伊勢参宮道中日記」は2003年(平成15年)に、西方町で発行されました。町内に残る江戸から明治の旅日記など4冊を、読み下し文にして、解説をつけて、冊子にしたものです。「西方町郷土史研究会」が編集を行い、代表の荒川哲男氏と小松義邦氏が執筆を担当しました。

口語訳ではなく読み下し文なので、誰もがすらすら読めるものではないですが、筆書きの難読な古文書をここまでの形にされた苦労はいかばかりかと思います。資料的価値がとても高い冊子です。

また、当時の旅先で得られたさまざまなものの写真がたくさん掲載されていて、カラーで掲載されているものもあり、楽しめます。

掲載内容は下記の4つです。

◎1832年(天保3年)「伊勢参宮道中日記」
19歳の青年が書いた、7人でまわった77日間の旅の記録です。
奈良、四国の金毘羅宮、大阪、京都、長野の善光寺、伊勢神宮などを巡っていて、「長時間歩き続けた247の宿場名、宿場間の距離、宿泊・休憩先の屋号、氏名、名所旧跡の当時の様子や伝説もしたためられていて、読んでいて心楽しいものがあった(あとがきより)」というものです。

◎1875年(明治8年)「伊勢参宮道中日記」
総勢25名の旅の道中記録です。人力車や鉄道を使用した記録も残っています。

◎1889年(明治22年)「伊勢参宮・善光寺詣の、旅行資料」
真名子から伊勢参宮、金毘羅宮、善行寺などをめぐった旅の、日記ではなく、旅行資料を掲載しています。

◎1897年(明治30年)「道中日記」
3名で栃木から汽車に乗って、伊勢参宮、奈良、四国の金毘羅宮、広島の厳島神社、大阪、京都などを旅した日記です。

2003年11月(平成15年)
A4・154P
編集/西方町郷土史研究会
  代表・読み下し・執筆/荒川哲男
  編集・校正・執筆/小松義邦
  道中地図作成/中村良一
発行/西方町教育委員会(※栃木市併合前)

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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。

「西方のまち探訪記 歴史・文化探訪編」2004

2004年西方町発行の「西方町制施行10周年記念要覧2004 にしかた」の「西方のまち探訪記 歴史・文化探訪編」のページがこちらです。

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小松義邦氏 略歴
栃木市西方町の郷土史家。
研究対象/真名子の八百比丘尼伝説、皆川広照・皆川氏、西方町の歴史・西方氏ほか
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栃木市編入前の西方町にて、町教育員会からの委嘱で1998年(H10年)に西方町郷土史研究会を発足し、史料集めや古文書解読に励む。2011年(H23年)発行の「西方町史」編さん時には一部の執筆を担当し、その後の町発行の「西方町の民俗」の編集も担当するなど、行政から信頼を寄せられる。研究成果を地元に残そうと、私家版として多数の冊子を発行し、地域の図書館への寄贈や、一部の書籍は地元小中学校の生徒に無償での配布なども実施。栃木市皆川町の「皆川地区街づくり協議会 歴史文化部会」からの委託を受けて「皆川広照伝」を復刻。郷土史を研究し、冊子を発行し続けている。